2014年12月2日火曜日

「歴史文化基本構想研修会」参加記 〔3〕

  
 28日(金)の研修では、最初1時間余り松本市の都市計画や歴史文化基本構想に関する講義を聴いた後、小グループに分かれての演習(ワークショップ)になりました。

 私はG班に入り、タクシーに分乗して松本市郊外の本郷地区へ移動しました。


 本郷地区では、本郷歴史研究会の野本会長さんと同公民館長さんのご案内の元、地域の史跡をめぐるフィールドワークの開始です。


 最初の見学地は、松本城主・水野家の墓所です。松本城下を望む丘陵地に配置されていました。私はどうしても蜂須賀家と比較してしまうので申し訳ないのですが、蜂須賀家に比べると小ぶりながら、大名家として風格ある墓所になっていました。


 続いて、浅間(あさま)温泉地区にある神宮寺を訪問しました。古く浅間(あさま)神社の別当寺であった名刹です。


 そして御射神社春宮へ移動。この神社が、古くは「浅間神社」と呼ばれたそうです。ただ、野本会長さんがおっしゃるには、当地の浅間神社は静岡・山梨に遺る浅間(せんげん)神社とは別系統の神社とのこと。


 静岡・山梨の浅間(せんげん)神社は富士山信仰だが、この地の浅間(あさま)神社は諏訪信仰とのこと。野本会長さんは、「あさま」のルーツを追い求めているそうです。


 御射神社春宮の次は、山林の中にひっそりと遺る小笠原家の墓所を見学しました。小笠原氏は、近世初期に松本城主であった大名家ですが、すぐに転封になり、こんな小さな墓所しか遺されていません。あまりの小ささに驚いてしまいました。


 小笠原家の墓所を過ぎると、林や竹藪を通り抜け、温泉街を目指します。本郷地区はとても広いのですが、今回の演習では浅間温泉地区の丘陵地に絞って急ぎ踏破しました。


 温泉街へ出ると、ようやく昼食です。〔続く〕
 
(主任学芸員 松下師一)