2010年7月27日火曜日

「大松遺跡」の余話

 
 7月18日の「大松遺跡」現地説明会の途中、ふと、北西方向に茂みがあるのに気づきました。

 何だか、曰くありげな茂みです。



 近づいてみると墓地で、石造の立派な「近藤家墓所」の標柱もあります。



 古くなってちょっと痛んでいましたが、「近藤家墓所」の解説板もあります。



 江戸時代に大松村の庄屋を努め、井組(近世後期の第十堰の水利組合)の要職も努めた近藤家歴代の墓所とのこと。なるほど、県立文書館に近世文書が納められている中財家も、庄屋・近藤家の系譜であったのかと、しばし感心しました。

 でも、何より驚いたのは、下記写真の石版です(撮影の都合上、かなり斜めになっています)。近代の近藤家から台湾の製糖事業で活躍した偉人が出たことも初見で驚きましたが、なによりその妻が松茂町長原の人であったことに驚きました。いやぁ~、まだまだ知らないことが多いですなぁ。



 マイカーで走ると速くて快適ですが、時には自転車でゆっくり出かけるのも、いろいろな出会いと発見がありますね。


(主任学芸員 松下師一)

2010年7月21日水曜日

「大松遺跡」現地説明会(下)

 
 たまたま参加した「大松遺跡」現地説明会(2010年7月18日)レポートの後編です。



 いわゆる「貝塚」から出土した貝殻や魚の骨類です。後日、資料館でこの話をすると、「なんで昔の人は貝ばかり食べてたの?」と質問されましたが、要するに生ゴミ捨て場で、貝殻や骨だけが数100年間も残ったということですね。



 ちょと気になった牛の骨です。遺跡内の水路跡から発見されたそうですが、中世の人々が牛肉を食べていたのではないそうです(解体時に骨に付くはずの傷がない)。やはり農耕用の牛が亡くなったので、死骸を水路に捨てたと理解すべきでしょう。



 微笑ましい出土品もありました。「泥面子」など、子どものおもちゃです。江戸時代のものとのことですが、私たちが知る紙の面子と違って、的当ゲームとして遊んだそうです。



 上の写真は、出土状況を撮影した4枚の写真を掲示している様子です。左上が貝塚、左下が牛骨、右上と右下が「貼石(はりいし)」と呼ばれる遺構の様子です。

 ちなみに、プレハブの外に出ると、「あれっ? 松下さんで~。見に来てくれたの?」と、業界の知り合いに次々と声をかけられました。たまたま立ち寄っただけなのに……、自分で思っている以上に顔が売れているようです。



 この説明会の前日に徳島は「梅雨明け」しており、真夏の青空の下、たくさんの人が説明に聞き入っていました。この後、遺構の見学がありましたが、残念ながらサイクリングの途中で約束の時間が迫っていたので、やむなく中座して次へ移動しました。

 松茂町内もほぼ同様ですが、川内町大松といった「ゼロメートル地帯」に、なぜ中世遺跡があるのか。どんな生業であったのか。説明の途中、何度か「農業に不向きな萱野が広がる低地」というコメントがあったので、それが不思議に思われます。

 すぐ近くに大松の氏神である「塩竃神社(しおがまじんじゃ)」がありますから、その辺に推測のヒントがあるのかも知れません。


(主任学芸員 松下師一)

2010年7月19日月曜日

「大松遺跡」現地説明会(上)

 
 以前から気になっていたのですが、松茂町の南隣・徳島市川内町の県道川内大代線沿いに、「大松遺跡」の発掘現場があります。

 7月18日(日)の朝、自転車で川内大代線を走っていると、辻々に「現地説明会」と記されたプラカードを持った人が立っていました。思い切って声をかけると、「10時から説明会が始まるから、それまで現場事務所内に展示された出土遺物を見学してもよい」とのこと。さっそく自転車を停めて、プレハブ事務所に入っていました。



 プレハブ内、普段は発掘作業員さんの休憩スペースか何かなのでしょうが、今日だけは綺麗に出土異物の展示ができています。



 「ふむふむ」と見ていると、専門員さんが丁寧に説明をしてくださいました(休日のサイクリング中なので、松茂町歴史民俗資料館の学芸員とは名乗りませんでした)。播磨(現・兵庫県)産の焼物や、備前焼(岡山県産)の陶器、大陸製の陶磁器、さらには金属製品が出土していることをお教えくださいました。「写真撮影OK!」ということなので、ちょっと紹介してみます。



 下の写真は、大陸性の陶磁器の破片です。



 金属製品ですが、古銭は別として、金属の固まりが出土したことから、単に運ばれてきた物ではなくて、この地で加工をしていたようです。



 職場に案内は来ていたとは思いますが、まったくの偶然で出くわした「現地説明会」に、なかなか興味津々です。(続く)


(主任学芸員 松下師一)

2010年7月17日土曜日

「発見!ふるさとの伝統文化」(1)

 
 続けざまに更新しています。

 ちょっと前(7月4日)の話ですが、県教育委員会主催の「発見!ふるさとの伝統文化」の開講式で、町指定無形民俗文化財「二上り音頭」の紹介をしてきました。

 7つもの無形民俗文化財保存団体がプレゼンをしたのですが、私の話より前に登場した4団体は、いずれも実演でびっくりしました。



 上の写真は、船津太刀踊保存会(海陽町〔旧・宍喰町〕)の実演です。



 これは中山盆神踊保存会(那賀町〔旧・鷲敷町〕)が実演している写真です。



 そして、二上り音頭保存会(松茂町)の時間では、私がスライドとビデオを利用して、その歴史と昨年の練習・実演の様子を紹介しました。

 実演無しだったので、ちょっと心配でしたが、受講生の反応は結構よかったと思います。8月29日(日)のCコース第6回講座で、今度こそ実演がありますから、受講のみなさん楽しみにしていてください。


(主任学芸員 松下師一)

ひさびさ更新&人形芝居公演&中学生の練習参加


 しばらく更新が滞っておりました。連日、『松茂町誌』の原稿執筆と、編集作業に追われていたためです。他にも、複数の依頼原稿を抱え、四苦八苦しておりました。

 で、今日は午後から、しばし原稿執筆の手を休めて、イベントの手伝いをしておりました。3か月ぶりに開催した人形浄瑠璃芝居の「定期公演」です(5月・6月は休演でした)。

 おなじみ、ふれあい座による「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」でしたが、近所の福祉施設の方々にご観劇いただき、たいへん喜んでいただきました。最前列で涙している方もあり、「よかった。」とのことでした。芝居を観て、幼いころの情景などが回想されたのだろうと思います。

 また、公演終了後は、中学生2名を交えて人形浄瑠璃芝居の練習をしました。熱心な中学生の取り組みに、指導したふれあい座のベテランたちも喜んでいました。


  
 写真を撮りましたが、手前のガラスに外の風景が映り込んで、よくわからない写真になってしまいました。とほほ…。

(主任学芸員 松下師一)

2010年5月16日日曜日

いろいろあったゴールデンウィーク(2)

 
 連休が飛び石になった5月8日(土)の午後、淡路島・南あわじ市に行って来ました。今年度、(財)淡路人形協会が文化庁の助成を得て発行する『資料集』の編さん委員会です。

 私は「文書部会」の専門委員としてお手伝いするのですが、如何せん公務多忙のため、今から「ちゃんとしたお手伝いができるだろうか?」と心配になり、不安で不安で仕方ありません。

 作業ペースと文書点数とを勘案すれば、4~5日ほど現地に詰めれば、なんとか役目は果たせると思うのですが、うまくいくでしょうか? 今年度も、スケジュールのやりくりに追われそうです。

(主任学芸員 松下師一)


2010年5月13日木曜日

いろいろあったゴールデンウイーク(1)

 
 久々の更新です。どうしても年度末・年度初めは事務仕事が忙しく、また『松茂町誌』続編の執筆・編纂も山場に差し掛かりつつあります。このコーナーの更新も後回しになってしまいました。

 さて、4月末から5月初旬は、世間はゴールデンウィークの連休ですが、私ども博物館業界は開館(通常業務)です。当館は観光施設のような運営はしていないので(ファミリーイベントも、出店もありません)、連休で人波が押し寄せることはありませんが、それでも連休を利用して遠方からわざわざ訪ねて来てくれるお客様があります。

 5月3日(月・祝)には、当館に美術品を寄付してくださった大阪在住のNさんが来館されました。Nさんのお父様は、有名な人形浄瑠璃史の研究家で、東京の大学にお勤めの方でした。そのお父様の遺品である絵画(角尾蕗子画「文楽シリーズ」2点)を、2007年夏に当館に寄贈くださったご縁です。

 Nさんの来館を機に、その絵画を当館常設展示室前の「小さな美術コーナー」に展示してあります。なかなか魅力的な絵ですよ。 (続く)

(主任学芸員 松下師一)